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ドナーチャイルド

ドナーの助けにより生まれたFredrik:「これも私の人生の物語の一部」

精子ドナーの助けにより生まれたFredrik。息子のViggo Tomと一緒に浜辺で

Fredrik5歳の時、母親彼と兄を連れて海辺散歩に出かけました。そのとき、兄弟は自分たちが精子ドナーの助けを借りてこの世に生を受けたことを伝えられたのです 

現在、Fredrikは31歳で、デンマークの学校で教師をしています。恋人のCharlotteと婚約し、2人の間には2歳になるViggo Tomという息子さんがいます。

ここでは、ドナーチャイルドとして育ったFredrikの体験をご紹介します。

「私には両親と兄がいます。兄のAlexanderと私は身元非開示ドナーから生まれた最初のドナーチルドレンの一人です。両親のPeterとBirgitはどちらも素晴らしい人ですが、性格は正反対です。母はなんでも信じやすくて、父は何も信じない人。母は社交を好み、父は一人の時間を楽しみます。いろいろな意味で昼と夜のような存在であると同時に、私が安全に愛情深く育つための基盤を整えてくれました」

幸運な星の下に生まれた

「この話を母から聞いたのは、私と兄が5歳くらいのときでした。兄は2歳年上で、以前からこの話に興味を持っていたようです。そのため、両親は2人同時に真実を告げようと考えたようです。

母はその日私たちを海辺に連れて行き(私たちは海のそばのコテージで育ちました)、私たちがどれほど幸運な星の下に生まれたのかを話したいと言いました。そして、両親が子どもを授かりたいと願ったとき、それが困難であったため、助けが必要であったことをありのままに語ってくれました。その時、私たちはただ肩をすくめて、持参したお菓子を食べただけでした。でも、年齢を重ねるごとに、どのように進められたのか、どのようにドナーを選んだのかなど、具体的なことについて疑問が浮かび、その度に両親に尋ねました。

両親は、これ以上ないほど分かりやすく説明してくれました。これもすべて私の人生の物語の一部です。詳しく知りたいと言う人も多かったので、私もいつでも率直に話しています」

浜辺で息子に彼がドナーの助けにより生まれたことを話す母親

正直に話してくれたことが親密な親子関係の構築に

「自分がドナーの助けによりこの世に生を受けたことを知り、さらに両親がすべての過程を率直に話してくれたことで、両親との関係はさらに親密になったと思います。両親は何があっても味方でいてくれましたし、一緒に歩んできた道のりや経験してきたことを率直に話してくれました」

大学の身元非開示ドナー

「私たちは、自分たちがどのようにしてこの世に生まれてきたのかについて語り、なんて幸運な星の下に生まれたんだろうと話していました。そんなことが可能だったなんて

私は身元非開示ドナーの助けによって生まれたので、ドナーについては何も知りません。当時の両親の主治医が大学でドナーを探し、『250デンマーククローネの報酬で、ある家族が子どもを持てるよう助けてくれないか』と尋ねたと聞いています。私のドナーはこの話に興味を持ちました。当時、ドナーは検査を受けておらず、精液も凍結保存されていませんでしたが、これは赤ちゃんを凍結させたくないという母の希望でもありました。母は「なんでも信じこむ」タイプでしたから。

私の値段が250クローネだったというのは、大人になった私の定番ジョークです。ものすごくお買い得ですよね!」

ドナーチャイルドとして育ったことは特別なことではない

「私にとって、ドナーチャイルドとして成長することは特別なことではありませんでした。私と兄はそれぞれドナーが異なるため、外見は全然違っています(兄は身長185cmでヒゲがなく、私は202cmでヒゲが生えています)。そのため、私たちの出自について質問されることも少なくありません。私はいつも、事実をありのままに話し、すべてがどのようにつながっているかを他人に伝えてきました。 
 
私にとってドナーチャイルドとして育ったことは特別なことではありませんが、1988年に子どもを授かりたいと願う家族を助けたいという男性がいたことが、私をこの世界に導いてくれました。その思いが私を本当に幸せにし、生を受けたことに感謝しています」 

Fredrikは自身がドナーチャイルドであることを活かし、教師として子どもたちが自分自身のことについて話しやすいように導いています

同じような境遇の子どもたちを助けたい

「私は教師ですが、学校で家族、家族の形、生い立ち、養子縁組などの話をするときに、自分がどのように生まれたという話をします。私と同じ、あるいは似た境遇の生徒たちとそのことについて話し合うと、重大な議論が自然に展開され、お互いに学ぶことができるのです」

ドナーや異母兄弟とつながることについて

「私はドナーに会いたいと思ったことはありませんでしたが、人生の後半に差しかかり、DNA登録をしたり、テレビでドナーの助けにより生まれたことを話したりしました。しかし、DNA登録を通じてドナーに出会う可能性(ごくわずかな確率ですが、十分にありうる)があると知ったとき、違和感を覚えたのです。私のドナーは自分の役割を果たし、匿名であり続けることを選択していたのですから、彼の人生にそのように割り込むことは、ある意味では攻撃のように感じられたのです。

私が突然、出自に興味を抱きはじめても、母も父も兄もそれを問題視せず、やりたいようにやらせてくれました。しかし、興味は熱病のように冷め、私はDNA登録を取り消しました。

また、私は異母兄弟を探したいとはあまり思いませんでした。私のドナーが再びドナーになった可能性があるのかどうかさえ疑わしいからです。異母兄弟に会って、今、何をしているかを知るのは楽しかったかもしれません。しかし、私たちの共通点は遺伝子だけなので、彼らと関係を持つ必要性はありません。

私は、人間を形成するのは主に環境や育ちであるという明確な信念を持っています。遺伝は体格や外見を決定することはできますが、私という人間を決定するものではないと思います。

とはいえ、ドナーが私に似ているのか、私と同じような仕事をしているのか、バスケットボールをしているのかなど、好奇心はありますね」

ドナーを利用することについて

「ドナーを使って子どもを産むことには抵抗はありません。これまでのところ、パートナーとの間で不妊の問題は生じていませんが、ニーズや希望があるときに、このような機会があるのは素晴らしいことだと思います」

ドナーの助けによりお子さんを授かった親御さんへ、Fredrikからのアドバイス

「親御さんへのアドバイスは、お子さんに正直であれということです。人生の早い段階で、自分がどのようにこの世に生まれてきたのかという物語に参加させてあげてください。すべては純粋な愛と子どもに会いたいという気持ちから起こったこと。お子さんに話すのを怖がる必要はありません。

父は、私たちがどのように反応するかを恐れていましたが、事実を知っても、彼らが私の両親であるという事実が変わるわけではありません。親とは愛であり、ドナーは家族の幸せのための手助けをしたに過ぎません」