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不妊と治療

男性不妊と非配偶者間生殖医療についての体験談

投稿者 Cryos | 4/22/2021
男性不妊症に悩み、手を取り合って支え合うカップル

2013年に妊活を始めたJR Silver夫妻。その翌年、JRの男性不妊症が判明しました。この記事では、精子ドナーを使った非配偶者間生殖医療でお子さんを授かり、ご夫婦で子ども向けの絵本を執筆することになった経緯をJRから伺いました。 

イギリス在住のJR Silverさんは、『Sharing Seeds』という絵本の著者です。この絵本はドナーチルドレンとその親御さんのために書かれた本です。JR Silverご夫妻は不妊に悩んだ末、非配偶者間生殖医療で2人のお子さんを授かりました。その体験から生まれたのがこの絵本です。ここでは、ご夫妻がお子さんを授かった経緯と『Sharing Seeds』の誕生秘話をお聞きしました。

「妻と私は2012年10月に結婚し、2013年に妊活を始めました。その少し前に、私と姉がどちらも発がんリスクの高いBRCA1遺伝子変異を持っていることが判明し、さらにその数ヶ月後、私が重度の不妊症を抱えていることが判明しました。そんな滅多にない偶然が重なることがあるんですね」

乳がん感受性遺伝子BRCA1

「ご存知ない方のために説明しますと、女性にBRCA1遺伝子の変異があると乳がんや卵巣がんのリスクが大幅に高くなります。さらにその変異は両親から子へと受け継がれます。かつてはBRCA1変異への偏見があり、遺伝子変異を持っていることが公表されることはほとんどありませんでした。しかし、知識の共有が進み、医療も大幅に進歩した現代では、がんを治療してくれる最高の医師もいますし、アンジェリーナ・ジョリーのような有名な人がBRCA1遺伝子変異を保有していることを公表し、こうした遺伝性疾患に対する人々の意識を高めるのに貢献してくれています。

姉は2013年3月に非常に悪性のトリプルネガティブ乳がんと診断されました。最高水準の治療を受けましたが、2013年の年末を迎えることはできませんでした。しかし、強靭な精神をもつ義兄、そして今も姉を誇りに思っている2人の大切な姪たちを残してくれたことで、姉は今でも私たちの中に生き続けています」

不妊症の診断 

「2013年後半、私たちは姉の予後不良に促され、ロンドン中心部の不妊治療クリニックを訪れ、私の精子と妻の卵子の受精卵にBRCA1変異がないことを確認する着床前診断(PGD)に登録しました。その後、私たちは不妊治療をせず、自然妊娠を待ちわびました。しかし、8ヶ月が経過しても妊娠には至らず、2014年4月のイースターの日に夫婦揃って不妊検査を受けました。数週間後、私の男性不妊という予期せぬ結果に私たちは愕然としました」

 テストステロン注射とクルミダイエット

「それからの12カ月間、健康な精子を採取するための必死の試みが始まりました。精巣の手術に向けて、私は日に2回のテストステロン注射と健康的な食事(クルミ中心の食事療法)に励みました。最初の手術では精子は採取できず、2回目の手術が2015年6月に予定されました。私の精子をわずかでも採取できれば、という希望にかけて、妻の最初の採卵も同時に行うことになりました。

2回目の手術では、9個の立派な精子がなんとか採取できました。これらの精子は妻から採取したなかで最も状態の良かった卵子9個とペアを組みました。妻の卵子と私の精子は相性が良かったようです。そのうちの6個が受精し、小さな胚に育ちました。このうち胚盤胞の段階にまで成長した2つの胚を妻の子宮に戻し、着床を待ちました」

妊娠検査は陰性

「数週間後、私たちは妊娠検査薬の第1号を手に、多くのカップルが耐えなければならない3分間の待ち時間を過ごしました。残念ながら、180秒経っても2本目の黒い線は現れず、私たちの顔から笑みは消えました。この最後の挫折を受け入れるのは辛いことでしたが、一方で自然妊娠を待ち望んでいたときから、自分は父親になることはできないのではないかという漠然とした予感が常にあったように思います」

毎日目が覚めることに感謝する 

「不吉な予感を長く抱いていたこともあり、私はこの挫折に対処する準備はできていたのかもしれません。幸い、親しい家族や友人に恵まれ、カウンセリングも受けることができました。最愛の姉を亡くしたことで、毎朝目を覚ましたときに、1日を迎えられたことに感謝するようになっていたことも大きかったと思います。それに、自分の精子が使えなかったことで、恐ろしいBRCA1遺伝子変異の心配をする必要はなくなったという大きなボーナスもありました」

ソファに座る両親とドナーチルドレン

ドナー精子の世界 

「こうした前向きな考え方に背中を押されるように、私たちはドナー精子という興味深い世界に足を踏み入れました。ドナー精子について考えたのは初めてではありませんでしたが、それを受け入れる準備ができたのは、改善しようがない状況だと知ってからでした。私の強い希望で、ドナー候補者の写真を見て選ぶことにしたのですが、その過程はとても楽しいものでした」

 偏見、恥、秘密はない

「もうひとつ、身元非開示ドナーにするか身元開示ドナーにするかという選択をしなければなりませんでした。私たちは、授かった子どもに対して正直かつ誠実でありたいと考えました。そのうえ幸運なことに、時代はすべての人の違いを受け入れようという方向に向かっています。私たちはドナー精子を使うことへの偏見や恥は不要だと考えました」

私たちは、ドナーチルドレンにはその特別な出自を隠すよりも、幼い頃から真実を告知した方がよいという現代の倫理観を受け入れたのです。そのため、身元開示ドナーを選ぶのに躊躇はありませんでした。もちろん他の親御さんが同じ決断をしないこともあるということも承知しています」

2度の流産

「そろそろ私たちの物語は終わりだと思っているかもしれませんね。でもまだ続きます。挫折から立ち直った私たちは精子ドナーを選び、さあ前に進もうと思っていました。しかし、不妊治療にはつきものですが、赤ちゃんに会うための扉が開くかと思われた途端に、その扉が鼻先で閉められてしまうことの繰り返しでした。次の年には、さらなる挫折の連続が待っていました。2015年の秋、妻は選んだドナー精子を使った人工受精(IUI)で初めて妊娠したにもかかわらず、8週目に流産してしまったのです(女の子でした)。年が明けた頃、私たちは人工授精に再挑戦しましたが、今回は妊娠できませんでした。そして、妻にはあまり時間がなかったこともあり(彼女はもうすぐ37歳を迎えるところでした)、複雑で体力を消耗する体外受精(IVF)の世界に思い切って戻ることを決めました。人工授精の成功率は私たちのケースでは50%でしたが、流産が多いと言われたこと、体外受精なら妻の次の治療サイクルでいくつかの胚を凍結できるかもしれないと言われたことも決断の後押しとなりました。

私たちはロンドンの中心部まで何度も往復しました。孤独な列車の旅、診察の長い待ち時間、さまざまな検査や診察、痛みと苦しみ、そしてたくさんの注射を献身的な妻が引き受けてくれました。妻は私の不妊治療の失敗の後、たくさんの注射をはじめとする治療にストイックに耐えてきたのですが、彼女をさらに究極まで追い込むような事態が待ち受けていました。2015年秋の人工授精による流産の後、2016年春に体外受精が成功したものの、子宮外妊娠という辛い結果を迎えてしまいました。私たちの2番目の子は妻の細い卵管に詰まり、着床後数週間で再び命を落としてしまったのです。妻は、その後も凍結胚移植に1度失敗しましたが、それでも戦い続け、2016年末についに再び妊娠。今度こそ神々は私たちに微笑みかけてくれたのです」

同じ精子ドナーを介して生まれた2人の子どもたち 

「それから5年後の現在、私たちは本当に恵まれた毎日を送っています。私たちには同じ精子ドナーを介して妊娠した男の子と女の子の2人の子どもがいます。2人とも両親からたくさんの愛情を受け、毎日をとても楽しんでいます。ここに至るまでには、時間とお金、身も心も犠牲にしなければなりませんでしたが、それだけの価値がありました。もちろん何もかもが幸せな結果になるわけではないことも分かっています。私自身の不妊の問題は直接解決することはできず、姉も失いましたから」 

精子ドナーについての絵本『Sharing Seeds』

不妊治療をテーマにした子ども向けの絵本Sharing Seeds 

「最後に、昨年の夏のロックダウンでのすばらしい出来事についてお話しましょう。長男向けの読み物を探していた私は、自分で何かを書いてみようと思い立ち、イラストレーターと協力して本を作ったのです。そして、約500単語、21枚のカラーイラストで構成された『Sharing Seeds』を自費出版することができました。この本は、不妊治療で授かったお子さんだけでなくすべてのお子さんに、親が読み聞かせたり、一緒に読んだりして、楽しめる物語だと思います。私はこの絵本のシリーズ化を考えています。進化を続けるこの世界には様々な不妊治療の物語があり、語られるのを待っています。その物語が、誰かの進むべき道を見つけたり、誰かが社会に受け入れられる手助けになることもあると思うのです」

ご自身と奥様の不妊治療の体験を共有してくださったJR Silverさんに、心から感謝いたします。絵本『Sharing Seeds』はこちらまたはインスタグラムのアカウントからご購入いただけます。